手紙その35

2008.12月1日

By Tohshi

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何十年も前の風呂 その二

風呂好きの母は日に二度も入る程でした。
ある日の深夜に貴女は異様に胸騒ぎがすると
風呂場を覗いてみると母は既に湯に
沈んでるのでした貴女は必死で引き揚げ
医者を呼び幸いに意識も戻り助かりました
母は、いい湯で眠ってしまったのでした。
それから九四才まで元気でした。
貴女は命の恩人デス
     ある日 柿
律子さん
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手紙その36

2008.12月2日

By Tohshi

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貴女が他界して昵懇だった法善寺の
今井真光老師によって七七忌法要を
滞りなく無事営みました
始めは、私達二人だけでしたのが
十五人の大家族になり賑やかになりました
     冬柿
律子さん
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手紙その37

2008.12月3日

By Tohshi

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私達の家は辺鄙な田舎で車の運転を貴女に教えようと
朝早く人通りの無い道へ出たが百メートルも先の
対向車が見えるとアブナイアブナイと叫ぶのです
今思うと運転を知らぬ貴女を良かったと思います
昔のこと  
        柿廼舎主人
律子さん
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手紙その38

2008.12月4日

By Tohshi

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或る日妻を隣に乗せて運転中に突然気絶してしまったのです。
妻の鋭い声で強く揺り動かされ目を開けたら
幸い信号待ちで車が途絶えたところ
あわや衝突は避けられ命は無事でした。
心臓麻痺でした。
またまた、命の恩人です。
   昔のこと その三   冬柿
律子様

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手紙その39

2008.12月5日

By Tohshi

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貴女は物に動じない人で私が無免許の時でも
貴女を乗せ遠出をせしも些かも悪びれることも
なく如何にも愉しそうでした
今から思うと恐ろしいことでしたネ
桑原桑原
昔のことです  冬柿
律子さん

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手紙その40

2008.12月6日

By Tohshi

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春夏高校野球が貴女は大好きでした
開会式の行進など胸湧きき踊る思いで
テレビに釘づけでした何処で調べたものか
実に詳しく教えてくれましたネ
  つづく 冬柿
律子さん

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手紙その41

2008.12月7日

By Tohshi

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高校野球を観戦していたらば突然電話が鳴り兄の
訃報でした。貴女は呆然とするばかり急遽実家に駆けつけしも
兄は仕事先で急死の由高校野球を見ていると
今でも思い出します    
 或る日  冬柿
律子様
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手紙その42

2008.12月8日

By Tohshi

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私達は熱海に六帖の部屋を借り世帯を持ったのでした。
狭いので石油缶に穴を開け外に出ては薪で御飯を炊くのでした。新婚ホヤホヤなので近所の人達からはお姉さん、お兄さんと呼ばれていました
     柿
律子さん
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手紙その43

2008.12月9日

By Tohshi

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他界した貴女の兄は長く鉱山で働いて口数の少ない静かな人でした。その兄が、律子からの頂き物は何でも上等のものばかりと口癖のように褒めるので兄嫁は耳障りで身贔屓をすると顰蹙をかっていました。その姉も律子さんも後を追うように他界しました。
     柿廼舎主人
リツ子さん
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手紙その44

2008.12月10日

By Tohshi

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師走二十日頃に墓が建立の予定なれど貴女の遺骨を独りぼっちで暗い穴の中に葬るは可哀想ならば遺骨は窓辺に置いて線香を燻らせ居らば安心なさい私が死んだら一緒に墓に入るべくかねてより寺の住職に頼んである拙者の戒名も刻みます。麗書院法柿日龍信士デス
     冬柿山人
律子さん
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手紙その45

2008.12月11日

By Tohshi

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育児に忙しかった貴女は髪を後ろにキチット結って宮本武蔵のようだと笑ってました。
たまには美容室に行ってらっしゃいなどと言われましたが当時の髪型もよく似合いました。
      柿
律子さん
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手紙その46

2008.12月12日

By Tohshi

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まだ暗いうちから貴女は眠い目を擦りながら風呂場にて毎日髪を洗うのでした。綺麗好きなのか几帳面なのか風邪ぐらいではやめませんでした。さすが晩年は、自分ではできなかったが、最後集中治療室で意識の無いのに二日ごと看護士の手で洗髪でした。
      柿
律子さんの洗髪のこと
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手紙その47

2008.12月13日

By Tohshi

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若くして他界した貴女の母はカステラが好物だったとの由その父は赤飯が何よりのご馳走なので、命日と朔・十五日は必ず赤飯を炊きました。昔はカステラが珍しい菓子だったので思い出しては小さいカステラを
仏壇に供えていました。
         冬柿
律子さん
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手紙その48

2008.12月14日

By Tohshi

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貴女が亡くなってから二ヶ月余りなれど今だにわざわざ悔やみに尋ねて下さる方が居るのです
誰でも良い人だったと言って惜しむのです。死んでから人の価値が分かると申します本当だと思うのです。
    冬柿山人
律子さん
昵懇だった紅屋さんから思い出を語りたいと電話がありました。九十一才にもなるそうです。
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手紙その49

2008.12月15日

By Tohshi

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新幹線三島駅を下りるとわさび漬が目に入りますツーンと鼻をつく伊豆名産わさび漬けは日本一。郷里の誇りでした中でもカメヤの名は子供の頃より馴れ親しんでいましたネ
     冬柿より
律子さん
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手紙その50

2008.12月16日

By Tohshi

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二十年もお隣同士で誰より親しかった野田さんの奥さんが今日は立ち日ゆえに御線香を上げたいと仰言って思い出話を語って帰りました。寒大根・蕪・春菊など沢山貰うのです何時も有り難いことデス
   冬柿山人
律子さん
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手紙その51

2008.12月17日

By Tohshi

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寒いのに風の無い日など畑の畦で母は手拭いで頬被りをして野芹りを摘むのが好きでした。律子さんの打つ
お蕎麦も美味しかったが芹の香りは実に格別でしたね
     冬柿
律子さん
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手紙その52

2008.12月18日

By Tohshi

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伊勢から来年も季節の書を依頼され新年の太筆を一管入手しました。揮毫する度にいつも墨で汚れる筆を綺麗に洗ってくれました。貴女がいなくなり困っているのデス
   冬柿山人
律子さん
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手紙その53

2008.12月19日

By Tohshi

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私は書家ではないが墨筆を離さぬので孫は書道に興味を持ちしものか習字教室では二段の腕前貴女は目を細めて喜び用意してあるフイルムケースに幾ばくかのお金を貯めては何かにお使いなさいと言って楽しんでいました。
   柿廼舎
孫の宗一郎と
律子さん

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手紙その54

2008.12月21日

By Tohshi

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雨も晴れたので昼間の暖かいうちにお風呂にお入んなさいと貴女は言ってました。
柿廼舎の風呂場の窓の外は紅葉でさながら温泉宿で極楽極楽、腰の曲がった貴女は沐浴は難儀で可哀想でした。天国での湯加減はいかが?
   柿廼舎
律子さん

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手紙その55

2008.12月22日

By Tohshi

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新婚ホヤホヤの時夜は貴女と母と私で三人でマージャンをして遊びましたネ麻雀好きの友達が来ると離さず
深夜になることもありました
   ツヅク
     冬柿山人
熱海当時 
律子さん

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手紙その56

2008.12月23日

By Tohshi

20081222tega.jpg
新婚ホヤホヤの時夜は貴女と母と私で三人でマージャンをして遊びましたネ麻雀好きの友達が来ると離さず
深夜になることもありました
   ツヅク
     冬柿山人
熱海当時 
律子さん

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手紙その57

2008.12月23日

By Tohshi

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座布団の上で花札のコイコイなども毎晩楽しかったです母は若い時分から手慰みに興じているらしく筋金入り。博打うちの家のようだねと笑いました。昔のことですすっかり忘れていました。
勝負は互角でしょうか
律子さん

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手紙その58

2008.12月24日

By Tohshi

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柿廼舎の雨戸に何か書きませぬかと貴女が言うので直ちに良寛の話を揮毫。台風でも来ねば雨戸は戸袋にそのまま。雀蜂の住家となりました
  桑原桑原
    龍介
律子様

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手紙その59

2008.12月25日

By Tohshi

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町はずれの或る病院に貴女は勤めたことがあり、そのとなりが牛や豚の屠殺場でした。当日はキィーキィーと可哀想な鳴き声が聞こえて身もすくむのでした。だから、お魚は好きなれど肉は嫌い、そのせいでしょうか
 白坂にて  冬柿
律子さん
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手紙その60

2008.12月26日

By Tohshi

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昨日、石屋から墓が出来たといってきました。貴女の骨壺は柿廼舎の窓辺に置いてありかわるがわる撫でたり、御線香を燻らせて、お話をしています。私が死んだら一緒に入るべく今のところ墓は空っぽのただの石塊です
    草々
律子様
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手紙その61

2008.12月27日

By Tohshi

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暮れも押しつまると貴女は母に倣っておせち料理やら夜遅くまで正月の支度に追われました。大晦(おおつもごり)のゆく年くる年の除夜の鐘・・・もありました。明けましてお芽出とう ホホホ
楽しい年の初めでした
    ツヅク
律子様
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手紙その62

2008.12月28日

By Tohshi

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貴女の作る雑煮は母から伝来のもの。予め茹でた大根、里芋と小松菜に焦げ目をつけて焼いた餅を鰹節のダシであっさり煮るのです。お肉は使いません
    ツヅク
律子さん
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手紙その63

2008.12月29日

By Tohshi

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やがて私達の入るべき墓が出来ました。お題目の五輪の供養塔、さらに両親の比翼の墓。関野家とのみ
私の揮毫の三基となりました。群居の墓石の中で貴女は辺りを睥睨している如く中々壮観です。貴女と
一緒に入りましょう。今暫く、お待ち被下度
  冬柿山人
律子さん

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