手紙その64

2009.1月2日

By Tohshi

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彫金の河合隆男氏に依頼して銀の干柿を創って貰い貴女の遺骨をその中に納めました。実に精緻な写実で金属とは思えぬ柿の質感に驚きました。傍に置いて撫でているのデス。
  冬柿山人
律子さん

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手紙その65

2009.1月3日

By Tohshi

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お正月は昔ながらにお印を持って年始に廻り家に戻ってから年賀状に取りかかるのです。貴女は元旦にならぬのに賀状とは可笑しいと言うのでした。それで七草になるまで書いてました。ハッハッハ

お芽出度うございます。
    冬柿
律子様

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手紙その66

2009.1月4日

By Tohshi

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若人が懸命に走る姿の箱根駅伝の往復は貴女にはお正月の愉しみでしたね。貴女のいない今は全然テレビを
観ないのです。天国では如何なり哉。
    冬柿山人
律子さん
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手紙その67

2009.1月5日

By Tohshi

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私達の就寝は早く貴女は布団を敷くのを手伝ってくれましたネ粗末な煎餅ふとん温かくて有り難いと口癖でした。今では息子夫婦が敷いてくれるので助かります
    冬柿山人
律子さん
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手紙その68

2009.1月6日

By Tohshi

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昔から貧乏性ゆえお正月三が日でも少々退屈で貴女は既に台所に立ち細々と忙しくして茶の間の話題も
平常に戻ると安心したものです
    冬柿
律子さん
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手紙その69

2009.1月7日

By Tohshi

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今では栽培される七草をスーパーにて売っています。貴女は家の傍の野良で採った草を粥に炊き美味しい七草粥の ハイ、出来上がり。お餅の入った七草は、好物でした。
    冬柿山人
律子さん
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手紙その70

2009.1月8日

By Tohshi

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村はづれの塞の神を子供等が荷車で運び集めるお飾りで石仏を包んで明けやらぬ佛暁に火をつけると川向こうの部落にも火の手が上がりドンド焼きデス。書き初めが空に揚がると上手だと自慢でした。黒焦げのお団子は懐かしき思い出でした
   柿
ドンド焼きの
律子さん

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手紙その71

2009年1月9日

By Tohshi

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昔は男子十五で元服となり、今は男女二十歳にして成人式となりました。馬子にも衣装と申しますが貴女の娘は綺麗な振り袖姿が自慢でした。
   冬柿山人
律子さん
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手紙その72

2009年1月10日

By Tohshi

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昨年の夏には貴女はお疲れになられしか今思えば食事の支度などさぞかし大儀なりしか。隠居の二人暮らしは気儘なりと笑い飛ばせしも極楽トンボの私は貴女を気遣うことを知らずに甚だ悔やみ居ります。
   冬柿
律子さん
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手紙その73

2009年1月11日

By Tohshi

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いつ頃からでしょうかネ?振り替え休日などはおかしな話だとは思ってましたが・・・。

家でデザインの仕事をしていた当時、来客が多くて貴女は接待係で、お休みは助かると言っていました。
   冬柿
律子さん
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手紙その74

2009年1月12日

By Tohshi

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乾饂飩を煮て鰯の削り節と醤油を小丼にて啜り食べる粗末な食事ながら身が温まる我が家の名物メニューが
引っぱり出しデス
   冬柿山人
律子さん
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手紙その75

2009年1月13日

By Tohshi

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昔毛蟹のみ食べさせる小さな店があり貴女は病みつきになり暫く通いました。蟹はビールや御飯を食べる暇もないほど忙しいと笑ってました。活きてるカニを食べると閻魔さんに叱られるかもネ
伊東にて 冬柿山人
律子さん
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手紙その76

2009年1月14日

By Tohshi

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昨今のスーパー等での買い物とは違って毎年桜えびを売りにくるお爺さん、寒くなると浅蜊や牡蠣を持ってくる人、夕方のお豆腐屋さん、野菜の行商さん、貴女はお馴染み、皆さんと仲良しでした。一緒についてくる娘にも、ハイ、オマケなどとお愛想を貰いました
  冬柿
律子さん
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手紙その77

2009年1月15日

By Tohshi

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貴女は鮫の化粧水を顔に塗るだけ。口紅等も使わず美容院へも行かず色白の貴女は素顔のままでも綺麗でしたので、はなはだ経済的な人で助かりました   呵呵呵
  冬柿山人
律子さん
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手紙その78

2009年1月16日

By Tohshi

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貴女は古い物を大切に使う主義と言って衣替えの時節になると、見覚えのある服が再び登場は屡々でセーターや着古した襤褸も形を変え掃除の道具に生まれ替わり其の工夫を貴女は愉しんでいました。
     柿
律子さん
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手紙その79

2009年1月17日

By Tohshi

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貴女は海の香り磯遊びが好きでした。昔近所に住んでいた方が大潮になると真鶴辺りに車を飛ばし磯の栄螺やシッタカ等を採るのが上手な人でした。その都度沢山の貝を頂きました。貴女にも其の場所は教えてもらえぬまま其の方も他界しました。残念残念
     柿廼舎
律子さん
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手紙その80

2009年1月18日

By Tohshi

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貴女は風邪が因で他界するまで病気知らずでした。結婚披露宴等で能筆家の貴女は屡々一筆所望されると
よく「健康第一」でした。その貴女が先に往くとは、悲しい
     冬柿山人
律子さん
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手紙その81

2009年1月19日

By Tohshi

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熱海の劫火の後姿を消した浜町おでんは有名でした。貴女の作るおでんは美味しいのでもし、お店を出したら繁盛するでしょう。通人はおでんの後お茶飯となります。私は平素にてもお茶飯を所望したものでした。
     冬柿
律子さん
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手紙その82

2009年1月20日

By Tohshi

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貴女の子育て中は丸々と肥ったり痩せて実家では暮らし向きなど心配されたりしました。貴女は身が萎んだり膨らんだり風船みたいと笑われましたネ
     冬柿
律子さん
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手紙その83

2009年1月21日

By Tohshi

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柿廼舎の栗飯は我が家の伝承で自慢ナリ。生栗を剥き渋を煮出した水で少々の塩と酒で御飯を炊く。自然の栗渋の赤い色は鄙びた田舎の味ナリ。貴女は母から教わったと言ってました。    ホホホ・・・
  柿山人
律子さん
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手紙その84

2009年1月22日

By Tohshi

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貴女は御菓子を自分から好んで食べるのでもなく東京や鎌倉などから屡々風変わりな菓子を取り寄せてましたが、これは自家用ではなく進物に使っていました。見慣れぬ菓子の包みに手を出すとそれは駄目。用意周到でした。
   柿
律子さん
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手紙その85

2009年1月23日

By Tohshi

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貴女はお刺身が余ると魚の炊き込み御飯にしました。子供達も喜ぶので当日は余分に炊くのが常でした。
貴女の御飯は何時でも色といい味と申せ計量器で計ったように全く同じで美味しく流石でしたネ
   柿
律子さん
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手紙その86

2009年1月24日

By Tohshi

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貴女は物思いに耽ったり考え込んでじっとしている姿などは見たこともなく、こまねずみの如くに動いていました。テレビ体操等をせぬでも運動不足にはなりません。極楽トンボの私はよくも家事の仕事があるものと感心していました
ある日  冬柿
律子さん
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手紙その87

2009年1月25日

By Tohshi

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母はテレビ桟敷の相撲観戦が唯一の楽しみでした。午後になると早々に部屋を掃除してテレビ席に陣取り
悠然と莨を燻らせ放送を待つのです。母の贔屓の力士に身を乗り出して声援するのです。貴女は耳の遠い母に優しく説明をしたり楽しそうにしていた笑い声が聞こえるようです。
    冬柿
律子さん
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手紙その88

2009年1月26日

By Tohshi

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家の前の床机に腰を下ろして外を眺めていると旅立ちた貴女の姿が彷彿と浮かび、たとえようのない
淋しさになるのでした。
    冬柿
律子様
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手紙その89

2009年1月27日

By Tohshi

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郷里の兄嫁の漬ける梅干しが古い甕の中で出を待ってます。田舎風味なので貴女は自慢でした。その姉も
他界致しました
   柿ヨリ
律子さん
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手紙その90

2009年1月28日

By Tohshi

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貴女は屡々空を飛ぶ夢を見ては自分でも実に快適で不思議だと話していました。心理学者の先生は貴女の夢をどう説明するでしょう
   つづく
     冬柿
律子さん
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手紙その91

2009年1月29日

By Tohshi

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ニューヨークに住んでいる孫から夢の中で貴女が突然現れ激励して下されたと電話が有り妙に胸騒ぎがするので聞いてみると貴女が息を引き取った時がピッタリ符合するのでした。  
さらにつづく
     冬柿
律子さん
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手紙その92

2009年1月30日

By Tohshi

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貴女は夜半にイヤな手洗いの夢を屡々見ると言ってました。ひどく汚れていて使えなく困ったり深い谷底のように怖い思いをしたと翌朝に話すのでした。
     柿
律子さん
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手紙その93

2009年1月31日

By Tohshi

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人は年をとると誰でも時間が早く感じるものでこれは、ジャネの法則と貴女が教えてくれました。毎日、日の暮れるのも早く、ひと眠りすると朝となり驚きます。これも歳の所為と笑っていましたネ
   柿
律子さん
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