手紙その94

2009年2月1日

By Tohshi

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貴方は忙しく幼子を負っては台所に立っていましたネ   子供に紐をかけてクルリと背中にまわし負うのですが慣れぬので勢い余って地面に落としそうになり、傍らの私はとっさに抱き上げて下手くそだネ。大笑いをしました。  つづく   龍介
律子さん
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手紙その95

2009年2月2日

By Tohshi

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木枯らしの吹く寒い日など負半纏で我が子を包み外の日向に出ては貴方は良い声で子守唄を歌ってました。
ネンネン、ヨゥ〜⤴などと独特の節まわしは眠りを誘いました  つづく  龍介
律子さん
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手紙その96

2009年2月3日

By Tohshi

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子守姿で童謡などに登場する負半纏は、親子も一緒に暖かく、これほど便利な物はありませんが今では格好が悪いのか廃れてしまいました。一つの時代の風景が姿を消しました。  柿
律子さん
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手紙その97

2009年2月4日

By Tohshi

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貴方は子守をしながら七里ヶ浜、城ヶ崎の雨など学校で習った歌など幼子を負って、ゆっくり身を揺すり、リズムに合わせいかにも楽しそうでした。子はすぐに眠るのです    冬柿
律子さん
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手紙その98

2009年2月5日

By Tohshi

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朝になると貴方は勝手口に出て肩まである黒々した髪を梳くのでした。抜け毛を始末して部屋に戻り鏡台に向かい三つ編みに結いキリリとよく似合いました。  ツヅク 龍
朝の律子さん
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手紙その99

2009年2月6日

By Tohshi

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三田のお祖母ちゃんがたまたま遊びに来て髪を束ねている貴方の姿を見て宮本武蔵のようなのでパーマを
かけに行ってらっしゃいなどと言われました。派手好きのその人は淋しい所は嫌いと東京へ帰ってしまいました。  ツヅク 冬柿
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手紙その100

2009年2月7日

By Tohshi

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貴方は滅多に美容院などへも行くこともなくて我が子供等の婚礼の時くらい。平素は縁側で百均の鋏で娘に髪を短くしてチョン切って貰うのでした。ツヅク 柿廼舎主人
律子さん
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手紙その101

2009年2月8日

By Tohshi

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貴女や私もお洒落には縁がなく主人は髪が伸びると娘に裾を切って貰うだけデス。自慢にもならぬが既に二十年も床屋に行ってません  ツヅク 龍
律子さん
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手紙その102

2009年2月9日

By Tohshi

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貴女の若い頃は癖のない髪でした。年をとり少々のウエーブがかかりパーマをかけたようで自然で、白きものが混じり似合いました。さらにツヅク 冬柿
律子さん
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手紙その103

2009年2月10日

By Tohshi

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貴女は美容院へも行かぬのに身嗜みには格別な心くばり、綺麗好きな人でした。畳に髪の毛一本でも発見しようものなら大変でした。ツヅク 冬柿
律子さん
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手紙その104

2009年2月11日

By Tohshi

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家は純和風で畳の暮らしゆえ暖房カーペット等の小さな塵が目立つので貴方は這いつくばってペタペタとガムテープでゴミを吸い取るのが仕事でした。    冬柿
律子さん
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手紙その105

2009年2月12日

By Tohshi

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貴女の晩年には足もとが危ないので柿廼舎の庭さえ歩くこともなく縁側から眺めていました。白梅しだれ紅梅が花盛りデスヨ。空の窓から見えますか  冬柿山人
律子さん
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手紙その106

2009年2月13日

By Tohshi

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貴女は朝早くから仏壇に一家の無事を祈り一人一人の名を読み上げお経を唱えます。さらに過去帖を開きて立ち日の人の在りし日の思い出を語り上げるので時間がかかりました。  つづく
律子さん
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手紙その107

2009年2月14日

By Tohshi

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貴女が出産を控えて親しい方が女の子か男の子か占ってしんぜようと言って、赤と青の印を選べとのことにて貴女がアオデスと答えると男ダヨといかにも自信ありげでした。生まれたのは男の子。ホラネとらいらくな人は高笑いでした。  つづく
律子さん
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手紙その108

2009年2月15日

By Tohshi

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長男の生まれし当時は、熱海に在住し六帖ひと間にて家財道具は古びた茶箪笥のみ赤ん坊と四人暮らし狭いながらも楽しい我が家  つづく
律子さん
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手紙その109

2009年2月16日

By Tohshi

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当時の我が家は三尺の廊下と襖で仕切られる小さな部屋でした。幼子が這い這いしてはお隣へと行こうと
努力をすれど一センチメートルの高さの敷居が上がれず、洋ちゃん、頑張れ、頑張れと隣の家族も一緒に
総出の大声援も空しくくたびれてしまうのでした。  つづく
律子さん
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手紙その110

2009年2月17日

By Tohshi

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我が家の幼子が廊下の敷居を乗り越えるコツを会得したものか、それからは可愛がられるので味をしめ、ひっきりなしにお隣へ這っていき持て囃され、子は人気者でした。貴女は手が省けると大助かりの
ようでした。     つづく
律子さん
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手紙その111

2009年2月18日

By Tohshi

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母はよく赤ん坊を背負い袢纏で包み熱海駅の広場で賑やかな人並みを眺めて遊んでいました。今日は異人の夫婦からお菓子を貰ったとか外国人は背負い袢纏姿が珍しいものか、この子が余り可愛いのか写真を撮られたとか自慢して笑ってました。    又又つづく
律子さん
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手紙その112

2009年2月19日

By Tohshi

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母は大きな手で孫の生湯を上手に使うのですが、そのうち、たらいでは間に合わず初めての子ゆえに銭湯ではためらわれ或る旅館の貸し切り風呂で誰にも遠慮せず悠々親子三人でいい湯だね〜しばしの贅沢でした。
    つづく
律子さん
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手紙その113

2009年2月20日

By Tohshi

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夏の日など母は隣のおばちゃんと腰巻き一つ素裸で割烹着を引っかけ駅裏の銭湯に風呂桶を抱えて行くのです。交番のお巡りも顔馴染み、コラコラととがめられることもなく 天下泰平   さらにつづく
律子さん
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手紙その114

2009年2月22日

By Tohshi

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幼子は見る間に成長し片言で思わぬことを喋るので家中爆笑でした。銭湯にも慣れ隣の未婚の娘は一緒にオブウに行こうとサッサと連れ出すのでした。    つづく
律子さん
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手紙その115

2009年2月23日

By Tohshi

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或る日友人からカメラを薦められ子供の成長を残しておきなさいと。早速買い求め遂に凝り出し止まらず
被写体は、専ら貴女と子供とお隣の家族だけでした。    つづく
律子さん
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手紙その116

2009年2月24日

By Tohshi

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毎日赤ん坊は遊び、ふざけて舌もろくに廻らぬ片言で愉快な仕草が面白く子供が寝静まるまで家中大笑いでした。素人写真でも今となると貴重な財産となりました。    つづく
律子さん
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手紙その117

2009年2月25日

By Tohshi

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熱海では銭湯の隣がカメラ屋で毎日現像焼き付けを頼み、どれも上手にとれて話しの種でした。そこの主人が貴女の同じ郷里の出身とわかり余計に親しくなり不思議な縁を感じました。    つづく
律子さん
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手紙その118

2009年2月26日

By Tohshi

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端午の節句には武者人形揃えなど家が狭いのですなどと体よく言い訳をして兜を買うのがやっと。白い敷布に泥絵の具で錦絵の相撲取りの絵を描いて床に飾りごまかしました。   冬柿
律子さん
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手紙その119

2009年2月27日

By Tohshi

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未だ明けやらぬ払暁に報道の車が慌ただしく右往左往していました。裏のお爺ちゃんが亡くなったと貴女が教えてくれたのでした。言論界の長老、徳富蘇峰先生が逝かれたのでした。近所の偉い人とは知らず、ひっそりと憚るように暮らしていました。律子さん
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手紙その120

2009年2月28日

By Tohshi

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徳富蘇峰は戦後、東条英機等とA級戦犯の運命なれど高齢病臥で熱海に蟄居、処刑は免れ天命を全うしました。丁度その頃長男と、後に結婚した嫁御が同じ病室で誕生しました。思い出深い春でした。因みに徳富蘆花は蘇峰の実弟なり。   冬柿
律子さん
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