手紙その121

2009年3月1日

By Tohshi


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或る日、母は幼子を背負い子守をしていると様子が変です。子供は死んだようになり奪い取り病院へ懸命に走りました。親切なトラックの横に乗せてもらいました。運転手は子供を見て、引きつけだよ。と笑って慌てません。  つづく
律子さん

手紙その122

2009年3月2日

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意識は無く白眼の子を医者は診ると看護婦に目配せをしてカンフルを注射しました。子供はギャーと声をだして意識は戻り一瞬の処置で済みました。余りに呆気なくてまたまた驚きました。  つづく
律子さん
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手紙その123

2009年3月3日

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たまたま、貴女が留守で子供が突然に失神し引きつけたと聞いてびっくりしたでしょうね。急な高熱と悪寒と先生はおっしゃり、薬をもらって帰りました。私は気が動転して親切な運転手さんがどこのどなたか知れずお礼もそのままにて心苦しく思いおります。  つづく
律子さん
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手紙その124

2009年3月4日

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幼い弟のほうは熱を出すと癖のように引きつけるのでした。その度に貴女は消毒した注射器カンフルを枕元に用意していました。  つづく
律子さん
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手紙その125

2009年3月5日

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男の子は、幼い頃よく熱を出しては病院のお世話になりました。子を袢纏で背負って行くと近所の方は
覗いてどっちだね?などとからかいました。兄か弟かというのでした。また余り大事にすると癖になるから
ほっとけと年寄りはいうのでした。  つづく
律子さん
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手紙その126

2009年3月6日

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男の子は、病気の問屋と笑われました。風邪から始まりて、百日咳、痲疹や水疱瘡などなど。三つ違いゆえ続くとすぐうつり治ると次に移りて、休む暇とて無きほどでした。  つづく
律子さん
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手紙その127

2009年3月7日

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十年ほどして次に女の子が生まれました。家中大喜び。男の子は赤ん坊が珍しく、猫可愛がりです。歳が離れているので付録のようだねと笑いました。貴女は女の子は病気をせず、育て易いと言ってました。  つづく
律子さん
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手紙その128

2009年3月8日

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或る日、運転手を伴い伊東温泉の女将が旅館の売店設計を依頼のため事務所に来てくれました。奥様は和服姿で一分の隙のない着こなしなれど、柔らかい物腰には流石と、貴女は感心していました。しかし破れる靴を履き髪はボサボサ、風体の上がらぬ運転手とばかり思いきや帰り際にご主人様と分かりて陳謝陳謝でした。  つづく
律子さん
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手紙その129

2009年3月9日

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伊東温泉の檜大風呂は、滾々と一晩中源泉が湧きだして貴女はモッタイナイなど言ってました。天国のお湯加減いかがでしょうか?  つづく
律子さん
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手紙その130

2009年3月10日

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天城路の山奥に金の採掘で賑わい栄えた村落がありました。先祖は広大な敷地と豪華な旅館を構え今なお、老舗の佇まい。落合楼村上は昔の俤をそのままに復活したのでした。  つづく
律子さん
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手紙その131

2009年3月11日

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貴女は学校の成績が良いので級長さんでした。村にも学校にもピアノは一台もなく合唱コンクール出場のため、わざわざ旅館落合楼で練習したのです。  つづく
律子さん
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手紙その132

2009年3月12日

By Tohshi


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貴女の実家から湯道を抜け旅館の横を通りて共同湯に行くのでした。誰も顔なじみ狩野川の瀬音を聞きながら湯浴みでした。土地の者はタダデス
律子さん
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手紙その133

2009年3月13日

By Tohshi


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落合楼の敷地で河原のへこみからも温泉が湧き風呂好きの北原白秋も長逗留で詩歌の原稿の催促に疲れると
この野天風呂をこよなく愛しました。川向こうの道行く人の目など構わず平気でした。 つづく
律子さん
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手紙その134

2009年3月14日

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井上靖の小説白ばんばは、伊豆湯ヶ島温泉が舞台でした。主人公のおてんば娘は我が家の菩提寺法善寺の和尚の実母でした。貴女の亡き後もしばしば遊びに来てくれお線香を焚いて思い出を語りて帰ります。 つづく
律子さん
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手紙その135

2009年3月15日

By Tohshi


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天城の山を縫って流れる猫越川と持越川が落合楼の敷地で落ち合いて本流の狩野川となります。老舗旅館落合楼の名の由来です。清流の水の音。たちのぼる湯煙り山里の情緒です。 
律子さん
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手紙その136

2009年3月16日

By Tohshi


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辛子家八いろとんがらしをご存じでしょうか?雑誌サライで初めて紹介され貴女が面白そうだと申し込み
十余年も前から今までお世話になってます。先生はれっきとした大学教授で趣味で八色唐辛子を作って
無料でわけています。奇特な方です。 つづく
律子さん
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手紙その137

2009年3月17日

By Tohshi


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長かった療養から漸く結婚に漕ぎつけ郷里の氏神にて挙式が本日十七日。数えて五十三年も前の事になります。先年貴女が亡くなり長い間大変お世話になりました。思えばお互い心から愛し合った一生でした。 つづく
律子さん
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手紙その138

2009年3月18日

By Tohshi


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私が生きるか死ぬかの七年余りの大病から娑婆に戻りて質素ながら内輪の祝言が出来ました。当日はどんちゃん騒ぎの酒盛りもなく心のこもった式でした。 つづく
律子さん
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手紙その139

2009年3月19日

By Tohshi


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私は黒の紋付袴貴女は文金高島田、綺麗なお嫁さんでした。神主の祝詞で無事三三九度の盃も取り交わしました。写真はセピア色に褪せて思い出を語ります。 つづく
律子さん
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手紙その140

2009年3月20日

By Tohshi


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神社で式を挙げて近くの叔父の家で披露宴となり一生に一度の目出度き喜びの日なのに挨拶もそこそこに
逃げるように旅行に出るのでした。 つづく
律子さん
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手紙その141

2009年3月21日

By Tohshi


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叔父の家を飛び出したものの宛も無いので後ろめたさを背に感じ熱海に戻り駅のタクシーを呼び近くの伊豆山の小さい木賃宿のような粗末な宿に泊まりました。新婚の一夜でした。 つづく
律子さん
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手紙その142

2009年3月22日

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新婚の一夜では互いに人生の決意や夢など語る余裕もなく、まず明日から働く方便を考えねばならず、ゆっくり蜜月旅行どころではありませんでしたネ  律子さん
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手紙その143

2009年3月23日

By Tohshi


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昭和五十年当時は商業デザインなど珍しい職業で仕事もすくなくペンキで絵や字を描くペンキ屋さんもやりました。今思うと一番苦しかった時代で貴女にも大変心配をかけました。ゴメン
律子さん
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手紙その144

2009年3月24日

By Tohshi


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貴女は病院の勤めを辞め家庭に入り、私は独立したものの収入には波があり財布は拂底しがち我慢我慢の暮らし。それでも貴女は愚痴もこぼさず、なるようになるさと強い人でした。
律子さん
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手紙その145

2009年3月25日

By Tohshi


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我が家は冷暖房もオール電化なのに貴女は料理だけは献立も昔ながらに古風で非能率的な煮炊きをしていました。便利な電子レンジは馴染めませんでした。
律子さん
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手紙その146

2009年3月26日

By Tohshi


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貴女は新しい物を嫌いて古いものを好みて何時までも洗濯機を使わず昔ながらに洗濯板と石けんで洗ってました。やがて我が家に遅ればせながら洗濯機が登場しました。貴女は今更のように便利な時代になったと笑っていましたね
律子さん
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手紙その147

2009年3月27日

By Tohshi


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隠居の柿廼舎では家具といえば赤漆の一閑張りの卓と小さな箪笥と湯の宿の女将から頂いた骨董の朝鮮タンスのみ何も無いので旅館みたいだが如何にして暮らすのかと不審に思い聞かれますが貴女は笑ってました。
     つづく
律子さん
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手紙その148

2009年3月28日

By Tohshi


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長い間生活していると知らぬ間に要らぬ家具や衣服が増え身動きも窮屈となり遂に増築や引っ越しを余儀なくされたり致します。貴女は物は最低に止めて、少し不便ぐらいのが丁度いいと言ってました。  つづく
律子さん
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手紙その149

2009年3月29日

By Tohshi


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十坪ほどの柿廼舎は、小さいながら風情もあり住みよいのです。東側の廊下は、細かく編んだ籐畳。二十余年使ってもビクともせず飴色に光って百年は持つと畳屋は自慢です。古い物を上手に長持ちさせる貴女の哲学でした。  つづく
律子さん
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手紙その150

2009年3月30日

By Tohshi


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柿廼舎は、台所や風呂場以外はすべて田圃の泥壁で素朴な自然のまま、田舎家の風情です。昔の人の知恵で
壁が呼吸しているのです。さらに、二十年余も手入れもせず長持ちの家は貴女の好みでした。
律子さん
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手紙その151

2009年3月31日

By Tohshi


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漸く柿廼舎の庭の木々が一斉に芽吹き庭が賑やかになりました。先年貴女が他界したので娘が尋ねてきては
路地の苔の手入れをしてくれ、見違えるように綺麗になりました。腰の曲がる貴女には大変でした。
ご苦労さまでした。
律子さん
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