律子さんへの手紙-手紙2010年6月

手紙その504

2010年6月1日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100601tega-01.jpg
朝から晩まで墨筆に親しみ居るのは幸なことなれどこの齢になり漸く手にした境地にて数年前までは貴女も
承知のことなれど趣味の書に手を染める暇は無かったのでしたね。
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その505

2010年6月2日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100602tega-01.jpg
近頃は暇つぶしを兼ねて用事も無き手紙など書いてほくそ笑んでます。墨筆の文字は新聞活字と違って読みにくい上に小生の悪筆ゆえに相手の方に顰蹙を買うのだが中々止められません
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その506

2010年6月3日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100603tega-01.jpg
長い間保守の政権に委ねられていて漸く新しく誕生したばかりの民主党が早くも半年で崩壊した。余りにも惨めな有様で物が言えないほど政治に携わる素人集団の如くにて実に嘆かわしい
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その507

2010年6月4日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100604tega-01.jpg
以前は雀の餌として庭に米を蒔くとすかさずどこからともなく飛んで集まり賑やかだったのに近頃は一向に雀の姿を見ないので訝しく思っていたが翌朝になると一粒も残さず平らげてゆきます。
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その508

2010年6月5日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100605tega-01.jpg
庭に遊びに来る雀に餅をまいて啄む姿が可愛らしく楽しみでした。或る時など雀が縁側に首を乗せ大きな口を開けてもっとくれと強請るのです。
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その509

2010年6月7日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100607tega-01.jpg
やがて梅雨となれども予報にては遅れるとの事。雨期は先延ばしをせずに空梅雨となるが望ましく雨降りは一日たりと厭いて晴れは幾日にても良し然し干魃とならば野菜の値も高騰し甚だ迷惑の事也  
律子さん
▲ ページトップへ

手紙その510

2010年6月8日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100608tega-01.jpg
御茶花ながら山野草のしもつけ草が咲きました。地味な紅色が実に美しい。庭に移してから十数年になるのに暑い日に水やりをするくらいなれども花は黙って咲いているばかり。花の数が少ないので貴女は可哀想と言って切り花にはしませんでした。
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その511

2010年6月9日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100609tega-01.jpg
南天の赤い実は雪の中にても美しく映え貴女は屡々御芽出度き慶事には枝を取ってお赤飯に添えました。
今の時節は鬱蒼とした緑陰の水鉢の傍で白い花が盛りです  
律子さん
▲ ページトップへ

手紙その512

2010年6月10日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100610tega-01.jpg
孫が勤めている会社の慰安旅行で布哇に出発し翌朝到着とは驚きました。貴女も私も飛行機に乗った経験も無いので思っても空を飛ぶなど恐くて百万円貰っても平にお断り致します    呵呵呵
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その513

2010年6月11日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100611tega-01.jpg
只今テレビを観ていたら百二歳にもなる祖母さんが毎日誰からでもなく手紙を書いて態々自分でポストに行って投函しているので感心して驚いているのです。その方は手紙を書くのが生き甲斐ゆえこれが出来なくばお終いと笑っているのです。 つづく
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その514

2010年6月12日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100612tega-01.jpg
毎日に手紙をやりとりして楽しみこれが生き甲斐と百二歳の御祖母さんの御元気な姿をテレビで観て実に勇気づけられ私もこの年齢までは余裕があらば古筆の書簡の研究に努めると感謝に耐えません。
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その515

2010年6月14日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100614tega-01.jpg
近頃では、百歳を過ぎてもお元気なお年寄りが大勢いるのには驚きました。先日テレビを観ていたらば毎日に手紙を書いてポストに投函するのが生き甲斐という百二歳の祖母さんが紹介されました。僅か八十歳で他界された貴女は早過ぎ。悔やまれてなりません。
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その516

2010年6月15

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100615tega-01.jpg
いよいよ梅雨入りとならば鬱々の日々となりますが昔のつゆ時は来る日も来る日も雨降りなので子供心にも
うんざりして家の雨戸も半分ほど閉じ薄暗く田舎のことゆえ電気も日が暮れなくば灯かず陰気でしたね。
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その517

2010年6月17日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100617tega-01.jpg
未明には篠突くほどの豪雨となれど夜が明けて雨も上がりて日中には嘘の如き猛暑となりてこのままにて空梅雨とならば有り難い。貴女のおはす天国にては雨も降らぬでしょうね。
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その518

2010年6月18日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100618tega-01.jpg
私の伯父は夏になると一ヶ月ほど滞在しては遊んでゆくのが習慣でした。帰り際には必ず幼い私に手紙を書くようにくどくどお説教を聞かされるのでした。平素私が筆マメなのはそのせいでしょうか  つづく
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その519

2010年6月19日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100619tega-01.jpg
伯母は酷い近視ながら筆マメの人で便箋に顔をくっつけて細かい米粒のような文字で子供の私にも丁寧な
言葉と書き慣れた手で屡々手紙を書いてくれて伯母の手紙は私の習字のお手本でした。   つづく
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その519

2010年6月19日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100619tega-01.jpg
伯母は酷い近視ながら筆マメの人で便箋に顔をくっつけて細かい米粒のような文字で子供の私にも丁寧な
言葉と書き慣れた手で屡々手紙を書いてくれて伯母の手紙は私の習字のお手本でした。   つづく
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その520

2010年6月21日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100621tega-01.jpg
伯母もその娘も既に他界 二人の娘は私の従姉妹にあたり伯母同様筆マメで手紙の筆跡も文章も実に酷似していて驚きました。昔は郵便も今ほど発達して居らず到着するのに数日要しました。急な用事は総て電報で
昔日の感です。  おわり
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その521

2010年6月22日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100622tega-01.jpg
いよいよ梅雨入りとならば暫く鬱々の日々を我慢せねばならぬのに昨今は著しく電化が発達したる故に一般の家庭でも空調設備が整いて耐えられぬ暑さも無く日々が快適なる暮らしは今昔の感に思います。 つづく
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その522

2010年6月23日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100623tega-01.jpg
熱海で所帯を持った時母と一緒に三人が六帖一間で茶箪笥一つひしめき合って暮らしていました。冷房など無き時代のこと貴女は出産を控えて夏の暑さに汗だくにて宛ら地獄の苦しみ貴女には気の毒でした。
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その523

2010年6月24日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100624tega-01.jpg
五十年も昔、未完成の家に動力の大型クーラー二台を設置したのである。貴女が出産の後、夏の暑さに苦しんだ経験からでした。スイッチを入れると凄まじい轟音と共に寒いほどに部屋が冷えるのでした。夜になると涼を求めて人が集まり宛ら集会所でした。
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その524

2010年6月25日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100625-01.jpg
医者は助かるまいという私の長患いも貴女の御陰で無事快復し仕事を求めて働けど貯えも無く居る中で夜になると夫婦と母と暢気に麻雀や花札で遊び興じている光景など今思い出せぬほど不思議な時代でした。
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その525

2010年6月26日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100626tega-01.jpg
貴女はまだ十九歳でした或る夜のこと密かに逢うべく森の傍で貴女を待っていたら暗がりから突然巡査が近寄って来てそこで何をしているのかと尋ねるのでした。私はびっくりしたが巡査は母をよく知っている奴で無事でしたが苦々しい思い出でした。
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その526

2010年6月28日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100628-01.jpg
貴女の子供達が学校に上がる頃、町内の通りでは同じ年くらいの子供達が大勢いて家の前で毎日歓声が上がり実に賑やかで喧しいほどでしたのに今は子供の姿どころか人の影さえ無くてひっそりと静かで淋しくなりました。
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その527

2010年6月29日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100629tega-01.jpg
私が子供の頃夏になると暗くなるまで大川で遊び興じていた当時、戦争が勃発。贅沢は敵という風潮なれど
世の女性は電髪が流行し子供等は道行くその姿の女性を見るや小童は一斉にパーマネントは止めましょうと
大声で囃し立てたのでした。
  律子さん
▲ ページトップへ

手紙その528

2010年6月30日

By Tohshi


LinkIcon■ご感想又は冬柿への手紙はコチラ

20100630tega-01.jpg
昔のことこの時節郷里では屡々洪水で川の堤防が決壊して低い部落では水が出るぞうと触れて廻り村中大騒ぎでした。私の町は高いところなので無責任に人々は傘をさして氾濫の濁流を見物するのでした。
  律子さん
▲ ページトップへ