再び、また一緒に

再び、又一緒に

 律子さんへの手紙

 
 

 

お知らせ

 
我が父、関野龍介(冬柿 とうし)は、先月末、亡き母の元へ旅立ちました。
今まで、本当にありがとうございました。
 
 
以下、私の弟の文で。
 
19日朝も普段と変わらず書を描いておりました 夕方 意識はあるが 返事がなく 意識はもうろうとした状態でした 言葉が出ない状態で救急車で掛かり付けの心臓の岡村記念病院へ。 検査の結果は心臓の機能は普段と変わりなく正常とのこと。 そこから沼津の脳神経の西島病院へ移動 検査の結果 右脳がダメージがありそうと言うことでしたが 年齢や 身体の負担考え 点滴、栄養剤等で1週間程入院して経過観察となりましたが 病院の先生からは「今夜亡くなってもおかしくない」と言われました 10月27日に経過報告を聞くため病院へ行きました 右脳全体がダメージを受けており手の施しようが無いと言われてしまいました 入院したときからコロナの影響で一切見舞う事はできず 病棟へ入ることも出来ずにおりました 長期治療の病院に転院するとになり受入病院を探している最中 10月30日の3時頃病院から直ぐに来るようにと連絡があり大急ぎで向かいました 先生からはあと1時間程と言われ 入院以来11日ぶりに顔を見ることが出来ました 親父にはコロナで病室へは入れなかったこと、見舞いもできなかったこと、 妹がこちらに向かっていることを伝えると 手を握り返してきました 目を開けたり、話しは出来ませんでしたが 耳は聞こえていたようです 妹も間に合い 親父も嬉しかったのか その後 低くなっていた血圧も少し上がり 安定してきました 看護師さんからは 今夜1名だけ付添で泊まって欲しいと言われる程でした 慌てて来てしまったので上に羽織るものだけ取りに行くため 駐車場に行く途中 電話で直ぐに戻るように言われ 病室へ戻り それからデジタルの数字が1つずつ減って静かに眠るように逝きました 脳のレントゲンを見せていただき先生から説明を聞きますと 何カ所も脳梗塞の跡があり 本人も気づかないうちに細い血管が詰まっていたようです これを見たときに 親父も完全燃焼だなと感じました 身体の 臓器の 全てを使い切って 人生悔い無しだろうなと 20歳の頃 肺結核を患い約10年の入院 片肺になり 心臓、腎臓、胆石、緑内障と「病気のデパート」と亡き母が言っておりました 10月15日には、お袋の13回忌もすませ、 酒も飲み、好物をリクエストして食べ、 欲しい筆を、紙を、墨を買い 好きな字を書き 好きな時間に眠り、起き、 最後まで惚けず、人も羨む晩年だったと思います ただ 「早く100歳になった自分を見てみたい」と言っていたそうですが そこだけは叶いませんでした 待ちくたびれたお袋が 少し早く迎えに来たのかも 皆様にに出逢えて人生がとても豊かになったと思います 心より感謝と御礼を申し上げます お世話になりありがとうございました 完全燃焼、人生に悔い無しの親父を 悲しまないでください 悔いのない人生が送れて良かったと言ってあげてください コロナ渦でいろいろな制限があるなかで 不安の中の葬儀なら 家族だけでと言うことになり どうせ家族だけならと 棺に親父の千社札を貼ってあげました 面白好きの人でしたから喜んでくれたと思います 落ち着きましたら想い出話などできればと思っております これから寒くなってまいります くれぐれもご自愛ください     関野 順
 
 
 
 


 
 

冬柿の手紙と書

律子さんへの手紙

冬柿の書

冬柿の御馳走帖

冬柿の落書き

このサイトについて。

2008年10月15日他界した母、律子へ
今もなお続く父からの手紙。
 

入院中から続いた父の手紙は、今もなお続き膨大な数になりました。ほとんど毎日、朝も早くから手紙やら書の修練にはげんでいます。母との出会いであったり生活ぶりなどをこの手紙から初めて知ったということもあり、私達家族にとってもかけがえのないサイトになりました。そんな父を応援すべくサイトもリニューアル!!ますます頑張って続けていってもらいたいと思っています。ぜひゆっくりとご覧ください。

 
 

 
   2016年5月6日 放映

   母の日スペシャルの特別番組で、
   家族と亡き母をつなぐ父の手紙
   というタイトルでテレビの取材を受けました。
 

  
    冬柿の御軸と巻紙

     冬柿の揮毫した、御軸と巻紙の作品をご覧ください。
 
 

 
   或る日の二人

    当時の二人を再現してみました。
webで個展しませんか?
 
2019年1月22日からの
最新Blogです。
 
2008年から2019年1月21日まで